受講生の声

全体

家族のコミュニケーション  大丈夫感覚を育てる

  通信講座  その他のセミナー  道場

公開カウンセリング  有料カウンセリング

toppageへ。

全体

道場でも集中セミナーでも、毎回必ずと言っていいほど「自分で自分をほめましょう」「自己宣言しましょう」「幸せは自分持ち」と言われます。皆さんは、どんな自己宣言をなさり、自分をほめていらっしゃいますか? 私の最近の自己宣言は、「振り回されている暢子の姿は、馥郁(註:ふくいく・よい香りがする様を表す)とかぐわしい」です。

私は、振り回されたり、自分のペースを狂われ翻弄されたりするのが大嫌いです。自分の計算通り、よどみなく、緻密に事を運ばないと、不十分感、未完成感に襲われ、中途半端で奥歯に物が挟まった感じがするのです。

けれど、私の職場はいつも思いがけないことに振り回され、予想外のことが日に何度も起こるのです。対象がご病気の方なので、自ずと予想外に起こることはあまり良くないことです。自分の身の上に思い当たることがなくても、一緒に働いている後輩のしたことで呼び出されたりもします。やりかけの仕事は中断され、何か一つのことに集中していた考えはそがされ、いつも不十分感が残り、中途半端な仕事しかできない自分自身に対して自信喪失してしまうのです。

でも、どんなことがあっても、それに翻弄され不本意なことの連続に見えても、だからこそ、そこに私の思いをはるかに越えたことが繰り広げられるのだと思うのです。だから「振り回され、翻弄され、不十分、不本意なことをしている暢子の姿は、馥郁とかぐわしい」と、自己宣言しています。やっとこの頃、思いがけないことが起こっても、「ん、大丈夫」と、余裕が持てるようになった気がします。
岩田暢子さん

私は、社会や家庭での息苦しさを感じ、楽になりたいという思いでTCSを受講しました。人と話すことが苦手で、自分に自身がなく、いつもおどおどしていました。そんな時、夫の浮気が発覚しました。

夫と話し合いをしましたが、「私メッセージ」で伝えても、背後に怒りがあって、責めが入りましたので、その都度「離婚だ」と言われました。私は仕事をしていませんし、離婚したら生活していけないという不安があり、夫にすっかり依存しきっていました。ですから、離婚という言葉に震えました。夫はそこを見透かして、離婚という言葉を何度もおどしに使いました。

しかし、あまり言うので、私も意を決して、「離婚しましょう。慰謝料もいただきます」と言いました。すると、夫は離婚という言葉を出さなくなり、離婚する意思のないことが分かりました。ずるいと思いましたが、私たち夫婦のことで子どもたちに迷惑をかけてしまったし、夫の浮気に対して私にも責任があるのではと思い、夫婦関係を修復する決心をしました。

TCSで「夫をほめることだ」と教えられたので、そうすることにしました。ほめられたことも、ほめたこともない私がすることですから、最初のほめ言葉を口にするのは、清水の舞台から飛び降りるくらい大変なことでした。

ほめるにはエネルギーがいり、ほめることができないこともだいぶありました。ほめると夫がつけあがります。それが頭に来ました。また、「浮気をした夫を、どうしてほめなければならないの」という思いがありました。しかし、そのうち、私の言葉に夫はこんなにも反応しているんだと思えるようになり、だんだん心を込めてほめられるようになりました。

 また、今までは、夫に言いたいことも言えなかったのですが、言いたいことは、さらりと「私メッセージ」で伝え、「責めない」「話を長引かせない」を、いつも念頭に置いて会話をするようにしました。

夫をほめることと平行して、私自身のこともほめ、今いる位置を認め、暖め、自己受容するように心がけました。自分を受け入れた分だけ、他者を受け入れることができる。頭で理解できても、実際に行動してみないと分かりませんでした。自分で決断し、求めてコツコツやり続けること。これに尽きると思います。
K・Nさん

私がTCSのセミナーを最初に受けたとき、自分自身の自己肯定感、大丈夫感覚の低さに、びっくりしました。傷ついている自分を置き去りにし、マイナスからプラスへの人生観で、安心を失っている自分がいました。

しかし、doingというヨロイで、弱い自分を必死になって支えてきた自分に、「よくやってきたね」とねぎらいの声をかけた時、涙があふれてきました。自分自身を愛したい、他者を理解したい、もっともっと心の世界を知りたいと、次々とセミナーを受け続けました。

今、振り返り、TCSを受講した当初と比べると、「生きやすくなった」という実感と安心感があります。以前は、他者の問題と自分の問題とごっちゃにして、くたびれることもたびたびでしたが、今は「誰の問題なのだろう?」と、一呼吸置くことができるようになってきました。

また、自分の思っていることが言えず、不機嫌になることで自分を表現していた、パワーゲームを終わらせたいと考えるようになり、それが一番出やすい親子関係が、とても良くなってきました。嫌なことがあった時は、「私はこう考えているのだけど」と伝えるようにしています。長年の癖で、言う時はどきどきしますが。

そして、この力を持続させていくには、繰り返し訓練することが必要だと感じ、道場で学ばせていただくことになりました。

今、私は夢を持っています。それは、クライエント自身が持っている力を信じ、さらに引き出せるような、カウンセラー的ソーシャルワーカーになることです。以前の私ならば、自分の目標や夢を語るなど、考えられませんでした。なぜなら、他人に「あなたにはできない」と思われることが怖かったからです。活き活きと生きたいと思えるようになったこの頃、この場を借りて自己宣言させていただきました。

(以下は、その三ヶ月後にいただいた文章です)

先だって、田中先生の講演会に行ってきました。テーマは「道は開ける」で、私にとって、今一番欲しい言葉でした。というのも、決断しなければならない課題を持っているからです。それは、自分の夢を実現していくための選択であり、大変な道だけれど、長い間「いつかできたらいいな」と願っていたものです。

しかし、それには、自分だけのことではなく、周囲のことも考えなくてはならず、どうせやるならば、理解を得ていきたいと願っているのです。一番は、何と言っても両親です。母は、「やりたいことをやってみなさい」という立場で応援してくれるのですが、問題は父でした。

講演会の前日、父から電話がありました。今、私は宝塚で一人暮らしをしていますが、それを心配して、両親のいる金沢に帰り、就職して落ち着けと、父は言うのです。それは、私の選択を快く思っていないともとれる言葉でした。正直、ショックでした。いずれそんな時が来るとは思っていても、まだまだ学びたいこと、やりたいことがあるので、悩んでしまいました。

TCSを通し、多少、以前よりは自信がついてきたなあと思っていましたが、実際の私はもろく、「やっぱりだめだ」という考えで、頭の中がいっぱいになりました。争いたくないという、逃げの感情の方が強かったのです。

でも、心のどこかで「このままでいいの? あきらめるの?」という声と共に、「恐れるな。強く雄々しくあれ」という言葉が聞こえてきます。そして、TCSの受講生仲間から、以前こんなことを言われたのを思い出しました。「もし、自分に何か問題が起こった時は、それはあなたに試練を乗り越える力が備わった時だよ」。今がその時なのかもしれない。

田中先生の講演会後、「道はすでに開かれている。私の大切な夢を、簡単にあきらめようとして、自分に申し訳ないことをしていた」と感じました。そして、それを自分自身に向かって語りました。

それから、その夜、午前一時近くまでかかって、便箋に四枚、父に手紙を書きました。面と向かって話せば、感情が先になり、泣いてしゃべれなくなる私ですから、手紙を書くことが精一杯でした。今まで、きちんと父に私の夢を伝えていなかった私ですが、これがいい機会となりました。

ところが、父はすでに私のやりたいことを知っていて、私の夢に反対しているわけでもなく、手紙を読んで「あの子はいったい何が言いたかったんだ?」と、母に漏らしたそうです。赤面です。私の「取り越し苦労物語」だったのです。

その後、金沢に帰省しました。当初、心配していたように、感情がこじれるようなことはなく、穏やかに食事ができました。母が、父のことをこんな風に語ってくれました。「ただ、あなたが近くにいないことが寂しいのよ。何かあった時に、すぐにいけないのが嫌なのよ。ほんと、単純だけど、優しい人なのよ」。とてもありがたかったです。

今後のことは、どうなるか分からないけれど、向き合うことを恐れないで生きたい。やらずに後悔するより、やって後悔する方がいい。今は、そんな思いでいる私です。
水上美紀さん

このページの先頭へ

家族のコミュニケーション

「添う」「問う」「汲む」という「聴く力」を学べたことが、とても良かったです。今までの私は、本当に聴けていなかった、自分の考えや価値観を他人に押しつけていたのだと感じました。

また、「伝える」ことの難しさも分かりました。今まで、自分のことを知ろうともせず、相手に変わってもらいたいということばかり考えていた私でしたが、自分が自分を受け入れていくことで、相手にも、良い影響が出るのかなと思いました。

これまで、自分の気持ちに気づかず、何にイライラしているのか、不安なのかを見ないように、自分を押さえてきたところがありました。しかし、これからは自分の心と話をしていき、自分の心の声を傾聴していきたいと思います。
匿名

「添う」「問う」「汲む」という聴き方の3ステップを学んで、今までこれができていなかったことに気づきました。特に、子どもに対して、私が会話をすぐにさえぎり、教えてしまう、否定してしまうということに気づきました。学んだことを、これからの子育てに生かしていくことができると、今はとても期待しています。
荒木恵子さん

セミナーを受けて、私の中の血液が逆流しました。私はまさに3D(註:「でも」「どうせ」「ダメ」という、人の勇気をくじく言葉)人生をまっしぐら、160キロストレート剛速球で言葉を発していたことに気づかされました。

正確に言うと、もう少し前に気づいていたのに、自分を受容できず、黙認していたのかもしれません。というのも、子どもにいつもの、剛速球3D言葉をマシンガンのように浴びせ終わった後で、中学生の我が子に「お母さん、そんな言い方していると、子どもをつぶすよ」と言われたのです。しかし、私は「何言ってるの。お母さんの言っていること、どこか間違ってる? 正しいことしか言わないでしょう。あんたのために言ってるんでしょ!」と、喧嘩を売っていたのです。

でも今日から私は、まず「そうか」の一言から練習していきたいと思います。
E・Mさん

リニューアルの二つのクラス、「大丈夫感覚を育てる」と「家族のコミュニケーション」。どちらのタイトルも魅力的で迷いましたが、TCSでよく聞く「今いる位置を認める」という言葉に忠実に従い、後者を選択しました。双方向の会話が成り立たない生活に決別したかったからです。

たくさん気づかされることがありましたが、受講後、学んだことを実践する機会がありましたので、ご報告をさせていただきます。夫との会話です。

セミナー受講の前までは、あまり受容的な会話をしてこなかったのですが、セミナーを受講し始めてから、受容的な会話に努めるようにしました。すると、夫はとてもうれしそうでした。翌日、夫はさらに受容を求めてきました。しかし、とても疲れていた私は、気のない相づちを打ちながら、テレビに意識を向けていました。

すると、すぐに彼の言葉にならない怒りが、私に向かって放たれたのが分かりました。きっと、期待が裏切られたからだと思うのですが、その時の私には、受け止める気力が無くて無視しました。今度は、ふんぞり返って、私の顔を、悪意のこもった目で眺めている視線を感じます。

今までも、私が彼の理解できないことをしていると、何となく私の様子をうかがうことがよくありました。今回も、夫は、私が自分の世界に閉じこもって、彼を閉め出したと感じたのでしょう。そういう時は、心配してくれているのだと分かっていても、とても嫌な気分になります。しかし、これまでは、嫌だとは言えずに、気づかないふりをしてやり過ごしていました。ここで、セミナーで学んだ「私メッセージ」練習のよい機会だと思い、使ってみることにしました。(渡辺先生は、このセミナーで学ぶさまざまなコミュニケーション技法のことを「フランス語」と呼んでいらっしゃいました。練習なしには、ほとんどしゃべることができない言葉ということです。)

「どうして、そんな目で見るの?」「目は赤いし、腫れているし、疲れているみたいなので、しげしげと眺めていた」。実は、セミナーを通して自分自身と向き合い、夫がいない時に大泣きしたのです。瞳を冷やすなどの手当はしましたが、やっぱり見とがめられてしまいました。

さらに私は言いました。「心配してくれるのはうれしいんだけど、さっきも言ったように、セミナーをがんばって受けたので、疲れているだけなの。そんなふうに眺められると、つらい気分になるなあ」。すると、夫は「あ、そう」と、怒りを含んだ語調ながら言いましたが、いつものような言い争いには発展しませんでした。はたして正しい「フランス語」だったのかどうか分かりませんが、ともかく、夫からの次なる攻撃は防ぐことができたのです。

それでも、夫の怒りの電波は、まだ部屋中に満ちていました。私にはそれを受け止める気力がなかったし、このままこの場に居続けると、いつものように言い争いの「ゲーム」が始まると思ったので、「ごめんなさい。私、疲れたから、先に休むね。お休みなさい」と言いました。ここまで、平静にしっかりと語ることができたのです。夫は、まだ何か挑発的な言葉を投げかけてきましたが、私は普通に寝室へと向かいました。こうして、いつものようなゲームにはならず、翌朝は、お互いに普通の会話をすることができるようになっていました。

この出来事を通して、5つのことに気づきました。

1.どんな感情も悪くないと知り、認めて抑圧しないと、自分が平静でいられるということ。セミナー3日目の共感性のワークを通して、今まで言語化されていなかった自分の感情にしっかりと気づきました。夫の支配的な関わりを避ける時、私は怒りで夫に対処してきました。怒っていないと恐ろしかったのです。この時は、私は怒りを使わずに夫に向き合ったため、夫の足音、気配、息づかいなど、すべてに恐怖を感じました。しかし、自分の感情に正直になれたことで、平静に対処できたのだと思います。

2.私メッセージは、自分の気持ちを、「私は、そのことをこのように感じている」と、言葉にして相手に伝えることです。だから、相手もそれを受け取りやすいのではないでしょうか。今回、ゲームにまで発展しなかったのはそのおかげだと思います。

3.自分のことを、相手に理解しやすく伝えることで、相手をも理解できるようになるということ。私が自分のことを理解してもらいたいと思うのと同様に、相手も自分のことを理解してもらいたいと思っていると、今回のことで感じることができました。

4.誰の課題かを考えることが天下分け目! 今回の場合、私が自分の気持ちを夫に伝えることで、たとえ夫が不快になったとしても、それは夫の課題です。私がそのことに責任を感じなくてもよいのだと思えました。

5.支配はシーソーのようなもので、同じ相手と、支配関係が逆転することがあるということ。近頃では、私の怒りが大きいため、夫を恐れさせていました。すなわち、私の方が支配的でもあったのです。また、支配されていても、自分より弱い相手に対しては支配者になりうるということにも気づかされました。夫が私に支配的であるように、私は息子に支配的に関わってきました。このことが明確になった今、もう夫に対して、被害者感情を持てないと思いました。

自分の存在を、誰かともたれ合うことでしか認識できない、互いが自立していない関係を共依存と呼ぶのでしょうか。何と重苦しく、傷つけ合う関係なのでしょう。そんな関係には早く決別したいと、切実に感じます。

互いにもたれ合う関係を解消するには、私が一人でも立っていられるようになること、すなわち、どんなことも人のせいにしないで、自分で考えて、決めて、決めたことに責任を持つことです。それはとてもつらいし、恐ろしいことです。相手も苦しむでしょう。しかし、それでもめげずに、大人の人生が生きられるようになると信じ、失敗を恐れないで「フランス語」を使い続けようと思います。
石川房代さん

このページの先頭へ

大丈夫感覚を育てる

どんな感情も、悪いものはない。だから、認めて分身のように扱うという学びが心に残りました。人に対して、家族に対して、もっと私自身を見つめて温めていくことで、関わりが変わっていくという希望を持ちました。また、自分が潤っていないから、人のことが気になり、出しゃばってしまう、自立するのを自ら阻んでいたのだと気づかされました。
K・Oさん

私は否定的な考えをすぐしてしまいます。自分には生きている価値などないと思うときもあります。でも、学びでそんなふうに思ってしまうことは悪いことではなく、私を支えてくれる思いなんだと思いました。今日から「私は価値ある存在」と自己宣言してゆきたいと思います。
長尾美穂子さん

人の期待を読み取って、それに合わせる行動を取ってしまう結果、疲れてしまうというからくりが自分の中にある。セミナーに参加してそう知った時は、本当に驚きでした。

「私は人の期待に添う必要はない」という自己宣言の方法を教えていただき、本当かなと思いながらも繰り返すうちに、ある日、心の中にまるで水が注がれているように、力があふれてくるのを実感し、人の言動にあまり動揺しなくなった自分を発見していました。
澤田洋子さん

このページの先頭へ

その他のセミナー

TCSのセミナーで、私は初めて内なる自分、すなわち「インナーチャイルド」「インナーペアレント」と出会うことができました。

講師の先生が、とてもゆっくりと話されるその言葉に従い、目を閉じ、エスカレーターに乗ったつもりで、下へ下へ、深く深く降りていくと、そこに赤いスカートをはいて、頭はワカメちゃんカットをした六歳ぐらいの女の子がいました。これが私のインナーチャイルド(内なる子ども)でした。

私がその子に「何をして欲しい?」と尋ねると、その子は甘えて、両手をいっぱい広げて、「抱っこして、抱っこして!」と言いました。それで、いっぱい抱っこして、絵本を読んで、いつの間にか二人一緒にウトウトと、気持ちよくお昼寝をしたのです。

講師の先生の声に、はっとして目覚めると、次はインナーペアレント(内なる親)とのワークでした。前と同様にエスカレーターを降りていくと、今度は高校二年生くらいの女の子が、髪を一つにくくって、何かに耐えているような表情で、うつむき加減に前を向いていました。「少し怖いなあ、この子」と思うと同時、「えっ。私の内なる親がこの子? 十七歳の頃の私が、なぜ?」と驚き、不思議に思いました。

セミナーの後、私は家事などをしながら、なぜ二人が出てきたんだろうかと、その理由を考えました。しばらくすると、分かってきました。六歳の子は、母が初めて入院した頃の自分だろうと思いました。その後、母が亡くなり、私が十四歳の時、父が再婚しました。それからの私は、本当はそんな子じゃないのに、一生懸命いい子をやってきたのです。それが、限界に来つつあった、それがあの高二の女の子だったのではないかと気づいたのでした。

その時、私は心から「今までありがとうね。ずうっと私のこと、心配してくれてたんやねぇ」と、あの高二の女の子に言いました。すると、初めてその子は、少し恥ずかしそうに笑いました。

せっかく出会った「インナーチャイルド」と「インナーペアレント」。これからも、遊んだり話し合ったりしていきたいと思っています。
加藤博子さん

最近の私は、「病気には意味がある」ことを示される日々です。元気印の私でしたが、病気を通して、TCSのカウンセリングを通して、私は砕かれました。私は心がかたくなな者だなあ、思いこみをしてしまうなあ、人の心って深くて見えにくいものだなあということを教えられました。でも、そのような私もOKだよ、そうしないではいられなかったんだね、よく守られてきたよね、感謝だねと、自分を受け入れることができるようになってきたと思っています。

仙台であったセミナーを受けて帰ってきた晩のことです。雨の夜、大阪の家に着いたのは9時でした。私的な電話が2本ありました。5時間かけて遠くから帰ってきたと伝えてもだめです。それぞれの状況、弁解、意見を11時まで1時間聞かされました。今までの私は、そんなとき、ピアノのキーを激しく叩いたり、人に話したり、考え込んで落ち込み、眠れなくなったりしたものです。

そのとき私は考えました。この感情を静める方法はセミナーの学びになかったっけ? レジメを繰ってみると、ありました! 試してみよう! それは「フォーカシング」という講義のものでした。6つのステップがありました。

1.体に意識を向け、痛みや重苦しさなどを探す。その焦点(フェルトセンス)に名前を付ける。肩こりさん、ムカムカさんなど。

2.もう一人の自分に声をかける。「肩こりさん、こんにちは」「今日はどうしたの?」

3.もう一人の自分の声を傾聴する。「疲れてるの」「今晩くらいそっとしておいてよ」「どうして私に言うの? 私の問題じゃないよ」。

4.さらに深く聞いて、浮かび上がった声をエコーして確かめる。「何でそう感じるの?」「鎧を着て、いい人を演じてどんな気持ち?」「冷静に聞いてなかったかもしれないね」「相手はどんな気持ちでいると思う?」

5.もう一人の自分を支持する。自分の弁護者になる、自分をほめる、自分を励ます。セルフリフレーミングしてみる。「そう感じるのは当然だよね」「大丈夫だよ」「そんな嫌な思いをしながらも、こうやって乗り越えてこられたのはどうしてなの? その勇気とエネルギーはどこから来るの?」

6.自分にお礼を言う。「いろいろ教えてくれてありがとう」「肩こりさん、今までそうやって私を守ってくれてありがとう」。

講義で「人間の感情は、それを人が認めたり感じたりしないときは変化せず、そのままの状態に留まるけれど、逆にその感情を自分の感情として認めたり、じっくり感じたりしたときは、その感情はひとりでに変化し始める」(ジェンドリンの感情法則)と学びましたが、その通りを体験しました。怒りが静まり、楽になってぐっすり眠りました。翌日もそのフォーカシングを繰り返しました。不思議に「この困難を耐えさせて下さい」という祈りができるようになりました。

こんな風に、怒ったり、喜んだり、迷いながらも、希望を持ってゆっくり歩いていこうと思います。
和田光子さん

「お父さん。お父さんが自ら命を絶って、はや二年がたとうとしています。今も、笑顔のお父さんの写真に手を合わせると、決まって最後に出てくる言葉、それは『お父さん、ごめんね。お父さんのつらさを分かることができなかった』です。でもね、最近気がついたことがあるんです。皮肉な話かもしれないけれど、私はお父さんが生きていた時より、ずっとずっと、今の方がお父さんのこと考えているなあってこと。お父さんの肉体は無いけれど、お父さんはなんだか死んでいないような気がするんです。そう、私が生きている限りずっと、私と共に生きているんだなあって」。

TCS特別講演会、リンダ・エスピー先生の「死別の悲しみと悲嘆のカウンセリングについて」を聞かせていただきました。その中で先生は、「クライエントから出される質問に、『いつこの苦しみから逃れることができますか?』というのがあるけれど、その答えは『決してありません』です」とおっしゃいました。

そう、悲しみは決して無くなるものではありません。一生持ち続けていくことでしょう。でも、先生が続けておっしゃった通り、「そのあり方は、時間と共に変化します」。

最初は、何がなんだか分からない、驚愕と慟哭。次に、現実を受け入れていこうとする踏ん張り。そして、自分の思い上がりに対する気づき。それから、自分を含めた、すべてを受け入れようとする静寂。これらが行きつ戻りつし、やがて愛へと育っていく…。悲しみとは人の感情だから、無理に消す必要はないと思います。感情を否定しようとしたら、もっとつらくなり、混乱することでしょう。

講演後の質疑応答の中で、「死や悲しみは暗い」とおっしゃった方がいらっしゃいました。先生は、「確かに暗い話ではあるけれど、痛みのある人と共にいさせてもらえるのは、私の特権だと思う」というようなことをお答えになりました。私は、先生が何を言わんとしておられるのか、分かるような気がしました。

確かに、生が明るいとすれば、死は暗いということになります。しかし、生と死は相対するものでしょうか。生が人の賛歌だとするなら、死は人の尊厳だと思います。人が生まれ、死んでいく。どちらにおいても、歴然とした人間の営みなのであって、死を否定することは、つまりは人間を否定することになるのだと思います。生を肯定するのであれば、死をもまた肯定する必要があるでしょう。死とは、形を変えた生ではないでしょうか。

「お父さん。今お父さんが、何を私に一番に言いたいのか分かるよ。『母さんをくれぐれも頼むぞ』でしょう? お父さんの応援があるから、そして私にはおおらかな夫と楽しい子どもたちがいてくれるから、だから大丈夫。任せといて! お父さん。私はずーっとお父さんの娘です。お父さん、ありがとう」。

(※事務局註 エスピー先生講演会のテープは販売していません)
Y・Kさん

このページの先頭へ

通信講座

まさに目からウロコが落ちたという感じでした。

仕事上、管理職としてお客様の難しいクレームや、部下の相談をよく受けることがあります。これまでは、それが非常に重いと思うことも多かったのですが、TCSの講座を受けて、どんなふうに話を聞き、どんなことを言ってあげればいいのか、非常によいノウハウをいただきました。

さっそく、聴き方を少し変えてみたところ、相手の反応がいつもと変わったことがありました。非常に驚きでした。人の話を聞くことが多い立場にある方には、ぜひ、おすすめです。
水谷玲子さん

このページの先頭へ

道場

道場での3年間の学びは、私にいろいろの変化をもたらしました。何よりもいい子でいようと、自分らしさをどこかに置いてきてしまった、その自分らしさが戻ってきたことです。今までは言えなかった、「私はこう思っているんだよ」ということが言えるようになったのです。

1年目、ほめたはずが、長男からは「ほめ殺しだ」と言われてしまいました。2年目。少しはほめたと認められるようになり、3年目には、我が家の2人の子は、男の子にしてはめずらしく、いろいろと話してくれるようになりました。

昨年の田中先生の講演会は、長男と一緒に聞きました。長男はカトリックの大学で神学を勉強しているのですが、「先生のメッセージは、自分たちが難しい言葉で習っている神学と同じで、それを易しい言葉で、笑いを取りながら話していたことに驚いた」と言いました。その感想に、私の方がもっと驚いてしまいました。

主人は12年前に難病のベーチェット病になり、右目は失明しました。昨年からは別の症状が出て、膀胱ガンの疑いありということでした。私は騒がず、おろおろせず、ただ祈って待つことにしました。検査の日は、「どのような結果が出ても、あなたは私の大切な人です」と伝えました。検査の結果腫瘍が見つかり、詳しい検査のため入院することになっています。

主人は手術も、抗ガン剤治療もしないと言いました。私は、そのことに震えながらも「しないのね」とエコーで返しました。このことを通して、神さまが私たちの間に入ってきてくださり、もっと強く絆を結んでくださったと思います。これも3年間の学びが試されている経験です。

道場に入る前の私は、「暗い」と不平ばかり言っていました。でも、今は進んで明かりをつける私がいます。主人とはどのくらい一緒にいられるのか、長いのか短いのかも分かりません。でも、生きている限り、そのような心の灯火をともし続けていきたいと思っています。
石原正子さん

私がTCSの道場の学びに加えていただいて、1年と少したちました。1年前のしんどかった自分と比べると、ずいぶん生き易くなりました。現実の状況は何も変わっていないのですが、私自身の中が変えられてきたのだろうと思います。

すべてOK、それでいいんだよという暖かい空気の中に置かれると、話すことで心が浄化されていきました。それは道場の場はもちろんですが、個人的にも親しくしていただいたり、受け入れていただいたりして、たくさんの出会いがあったからだと思います。その暖かい雰囲気の中で、心のからくりについて学ぶとき、ジグソーパズルのピースがぴたっとはまるような驚きがあります。本やセミナーで、知識として習ったことが、心にすとんと入る、分かるという感じです。

私にとってのピースの一つに、「第一感情」という言葉があります。「第一感情」は、赤ちゃんでは基本的欲求のようなもので、これを押さえると「第二感情」になります。第一感情を伝えることができると、楽になり、楽しく生きることができ、まわりも楽になります。

私は私の第一感情を見つけようとしました。そうするうちに、どうも私の第一感情、特に否定的な感情は、出てきたとたん、すぐに押さえられているのに気が付きました。たとえば、「ねたみ」という第一感情に気づいたときです。ある人に対して心がざわつき、落ち着かない時、そのことを味わっていると、それが「ねたみ」であると分かりました。そのとき、「ねたましく思うなんてダメだ」という思いが出てきて、私自身を叩いたのです。自分で自分を叩いているので、生きづらくて苦しいのです。

そんな風に気づき続けていると、次第に「ねたんだっていいよ」という思いになり、「人間だもの」「ただの人間だもの」という風に変わってきました。第一感情というピースがはまって見えてきたパズルの一部は、「私はただの人間でいいんだ」という言葉でした。「ただの人間」という言葉が、とても優しい言葉に感じられました。「完全なる神様」に対して「ただの人間の私」という救いの言葉です。

叩く私は、今でもいるのですが、叩き方が弱くなったようです。バシッバシッではなく、トントンと肩を叩くぐらいのときもあります。これからもピースを見つけ続け、パズルを完成できるよう修練したいと思います。
大迫妙美さん

このページの先頭へ

公開カウンセリング

昨年4月の公開カウンセリングで、私は二度目の田中先生のカウンセリングを受けました。その時、話したことは次のようなことです。私は自分をより知るために、勇気を出して、ある日夫に「私に何か不満があれば聞かせて」と言いました。夫はしばらく考えて、「三度三度、きちんと食事が出てくることかな」と答えたのです。「えっ、どうして?」と私はびっくりしました。

そこで田中先生は、「私の作った食事を食べなさい」と有無を言わさず、相手の身になって「何が召し上がりたいですか」と聞く耳を持たない私を示され、「加害者は誰?」と明確化されたのです。自己中心な私であると薄々感じてはいても、はっきりと「加害者」と言われると、「それほどひどくないよ」とも思っている私でした。

夫に対してこうですから、いわんや息子にはなおさらだったということになります。本人は少しもそう思わない、気づいていなかったのです。息子の反抗、大学中退、夢の挫折、このことで息子は両親、特に母親である私を責め続けました。親の愛情不足、すべて自分のすることを邪魔してきたという思いを抱かせていました。私が彼を窒息状態に追いやっていたのです。このカウンセリングの後、私が変えられたのではありませんが、心がけたのは、自分の思いを言う前に、「あなたはどう思うの。どうしたいの」と聞くことでした。

息子は自立したいと思いつつも、自信がありません。また、そう簡単に親を許したくないのです。お金の要求はエスカレートしていきました。家庭内暴力もありました。なにげない会話などほとんどありませんでした。しかし、今は家族の絆を回復しつつあります。息子は「お父さん」と父親を呼んだのです。また、一緒に食事のテーブルにつき、さりげなく父親と姉にお茶をついでくれたりもするのです。夫は息子が自分のことを「お父さん」と呼んでくれた、姉はお茶をついでもらったと言って、大感激しているのです。

このように変えられたきっかけは、昨年の九月初めでした。息子からさらに多額のお金を要求された時、正直ふるえました。ふるえが止まりませんでした。夫と私は食べることも忘れて、二人の気持ちと行動が一致するまで話し合い、祈りました。私は、田中先生から「君は何か半身の構えだね。どうして? 腰がひけてる。背水の陣をひいていない」と指摘されていました。「息子に対しては、迫力負け、信仰負けしないこと」というお励ましもいただいていました。迫力の点では、ふるえていても息子の方が何倍も上でした。息子の不当なお金の要求に対しては、「ノー」と言っても大丈夫。息子の存在を否定することにはならない。むしろ私が握っていたものを放し、バウンドリー(自他の境界線)をひけなかったところに、決断してバウンドリーをひくこと。そうすることでお互いが自由になれるんだと、確信することが私には必要でした。

そんな確信が持てた時、「ノー」は「ノー」と、ふるえてはいましたが、はっきり伝えることができたのです。そこから新しい道が開かれました。息子は「一人では生きられない。助けてー」と叫び、神様に求めたのです。

今、息子は歩いて40分くらいの所に住んでいます。お金がないので、食事は私がお弁当を作り、夫が届けています。息子の口から「ありがとう」「すみません」の言葉が出てくるのです。教会にも帰ってきました。暖かく迎えられ、疲れた翼を休ませていただき、3月からは仕事にも出かけています。ハレルヤ! 主にあって、この学びを通して家族の絆を再構築できることを心から感謝しています。
斎藤敏子さん

私にとって、この3年間のTCSの学びとは、自分探しであり、自分との出会いであったと思います。そして、もちろん、それはこれからも続いていきます。

先日、自分との出会いの中で、一つの大きな発見をしました。私は職場で、ある人にいつも引き出され、いらだっていました。別に仲が悪いとか、けんかをしたとかいうわけではないのですが、その人の自信のない態度に、いつもいらだってしまうのです。これが投影であるとしたら、私も自信がないのか。いや、そんなはずはない。むしろ私は反対で、自信があるからこそ、その人にいらだってしまうのだと思っていました。

そんな時、公開カウンセリングで、田中先生にカウンセリングをしていただく機会が与えられました。そのことをお話しすると、「やっぱり自信がないのかな」と言われました。そして、そのことを考えていくうちに、自分の自信のなさがどこから来ているのか、分かってきました。私の我力が原因でした。

自分の力で何でもやろうとしてきた私は、「できなければいけない」と、いつも自分を叩いていたのです。そのため、心は不安と焦りでいっぱいだったのに、その心の底が見えなかったのです。いや、見ないようにしていたのかもしれません。しかし、こうした心のからくりが分かってくると、ますます自分の本質が見えてきます。たとえば、自分の力以上に見せようとして、今の自分を受け入れられないでいることなど。

こうして、自分のことが分かってくると、今まで、できたことばかり数えていた自分に、「いやあ、本当は不安だったんだよね。でもよくやってきたよねえ」と声をかけてやりたくなります。これからは、その内なる自分と話をしながら、内なる自分を育てていきたいと思っています。ます。ハレルヤ! 主にあって、この学びを通して家族の絆を再構築できることを心から感謝しています。
上田吉美さん

このページの先頭へ

有料カウンセリング

一人ではどうしようもなくて、TCSの有料カウンセリングに電話をしました。

脈絡のない私の話に、カウンセラーの先生はじっと耳を傾けてくださいました。状況そのものが変わったわけではないのに、3回目には「大丈夫」と思えるようになっていました。
匿名

私は、対人恐怖症で、人と面と向かうと、緊張して話がろくにできませんでした。小さいときからそうだったように思いますが、特に高校生の頃からひどくなりました。同年代や年下の友だちとはそれほどでもないのですが、大人、特に男の先生と話すとき、とても緊張するのです。大学生になり、このままでは就職もできないと思い、TCSのカウンセリングを受けることにしました。

面接でのカウンセリングを予約しましたが、担当が男の先生だったので、最初は続けられるだろうかと心配しました。しかし、とても優しく接してくださり、私が緊張して言葉に詰まっても、決して無理にしゃべらせようとせず、温かいまなざしで待ってくださいました。そこで、私も少しずつ緊張が取れてきて、いろいろなことをしゃべることができるようになりました。

カウンセリングの中で、父親との関係が話題に上りました。私の父は、気に入らないことがあるとすぐに大声を上げたり、特に母親のことを怒鳴ったり殴ったりしていました。私は、たとえ自分が直接怒られていないときでも、いつもびくびくしながら生活していたのです。そして、父親に対する緊張が、他の大人に対する緊張になっていたんだと分かってきました。「怖かったね。つらかったね」。まるで小さな子どもの時の自分がそこにいるように、カウンセラーの先生は優しい言葉をかけてくれました。私は、語りながら、いつの間にか「怖かった。本当に怖かった」と泣いていました。大人の男が、こうやって涙を流しているのを、一方でおかしく思いながら、涙が止まりませんでした。

また、カウンセラーの先生は、「そうやって人前で緊張することで、あなたは自分の身を守ろうとしてきたんだよね。これまであなたのことを守ってくれた、あなたの中の『緊張くん』に感謝しよう」とおっしゃいました。最初、この『緊張野郎』のせいで、私は苦しい思いをしているのだと思って、素直に従えませんでしたが、考えてみれば、子どもなりに必死になって自分を守ってきたんだなあと納得して、感謝しました。「ありがとう。今まで守ってくれて、ありがとう」。そうやって自分に感謝していると、再び涙があふれてきました。そして、温かい気持ちになってきたのです。

次に、私はもう成人して、体力的には充分父親に対抗できるし、第一、父親と他の人とは違う人間だということを確認しました。そして、「だから、もうこういう形で守らなくてもいい。別の形で助けて欲しい」と、自分の中の『緊張くん』に語りかけました。

それから、人と話をする練習をカウンセラーの先生と一緒に、あるいは実際の生活の中でやりました。緊張しながらも、やったら話せたという経験をすることで自信がつき、全部で4回の面接を終了しました。

今も、人前に出ると緊張しますが、それは自分には自分を守る力がある証拠だと思えるようになり、以前のように自分が情けなくなって、ますます人前に出られなくなるという悪循環が少なくなりました。緊張しながらも、とにかく人と話ができるようになったのです。他の人にとっては当たり前のことでしょうが、その当たり前のことができるようになったことがとてもうれしく思います。何より、自分のことが前よりずっと好きになれたことが、カウンセリングを受けた一番の収穫かもしれません。来年は就職活動ですが、きっと面接もうまくやれる。今はそう感じられます。
S・Sさん

このページの先頭へ